女性臨床心理士が主宰する岐阜市のカウンセリングルームです。職場ストレス・子育て・不登校・発達障害など、心の問題や悩みにお応えします。

コラム

アルコール問題と脳科学

2011-02-08

依存症

2011年2月6日(日)「家族である私への贈り物」が無事終了しました。
アルコール問題の家族支援の場や専門家に乏しいことを杞憂する二人の女性(奥村純子さん、大野佳枝さん)が出会ったことから、始まった企画です。(H記)

アルコール問題では第一人者の かすみがうらクリニック 副院長である猪野亜朗先生をお招きして講演会を行いました。

最初は猪野先生の忘れ得ぬ光景のお話から始まりました。緊急電話にて患者さんの自宅に車で1時間ほど走っていくと、そこは地獄のような光景が広がっていました。家の中はめちゃくちゃくに荒れ、夫が奥さんの頭をベッドロックし、プロレスのように柱に頭を何度も打ち付けている。子どもは二階で父親の暴力を震えて見ている。診察室で見る患者さんとはまったく異なる光景に、衝撃を受けられたのでした。これは特別な光景ではなく、断酒会で家族は同じような「地獄」について語ります。

猪野先生は、このような地獄がなぜ起きるのかを、脳画像を用いて丁寧に説明してくださいました。このような行動は人格のせいではなく、病気のせいなのです。

脳画像を見てわかったことは、飲酒をやめられないことや、記憶を忘れてしまって嘘をつき始めるのは、人柄の弱さではなく、脳がそのような状態になってしまうからでした。人間の情動や記憶を統制している「報酬系と監督システム」が委縮し、ドーパミンが異常に分泌される状態に陥ってしまうために、ブレーキが効かない車のような状態となってしまうのです。さらに飲酒しないときにも、離脱の反応により、イライラ・焦燥感が高まり、それを収めるために飲酒しないではおれなくなります。

「報酬系と監督システム」の委縮は、断酒をしていくと少しずつ回復していきます。健康な心身の状態に戻るためには、ともかく断酒をするしかありません。ただ、悲しいことに、いったんアルコールで脳の機能が壊れてしまうと、脳がもとの状態に戻るには年単位でかかります。いったん断酒しても、また繰り返し飲酒してしまうのは、そのせいです。

アルコール問題を抱える方とむかいあうときには、脳科学を理解して、冷静に対応することが必要と猪野先生は説明されました。私は「認知症のお年寄りと同じことなのだ」と感じました。今回は夫の飲酒に悩む女性を対象にした講演会でしたので、妻の立場で、どのように夫と対したらよいのかを具体的に説明してくださいました。コツは、冷静に対応をし、夫の行動に巻き込まれないことです。

  • 飲むことや酔うことに関わることを止めることで、いらいらを減らす。
  • 飲むことや酔うことに感情的に反応せず、冷静に行動する。
  • 後始末、肩代わり、しりぬぐいをやめることで、いらいらを減らす。
  • 暴力を予測し、受けない事で、安心感・安全管を高め、冷静さを維持する。
  • 援軍を得ることで、分かち合い、余裕を持ち、冷静になる。
  • シラフ時の情緒的交流を図ることで、本人の「人」とつながる。

後半は、名古屋の家族自助グループ「月うさぎの会」のようこさんの体験談を伺いました。ようこさんの夫は昔から、晩酌を欠かせない方でした。真面目な人柄で自営業である仕事に熱心に取り組みますが、父親との代替わりを機に、精神的なストレスが高まり、お酒の飲み方がエスカレーションしていきます。それに伴い、朝からアルコールのにおいがする、仕事に支障をきたす状態となり、家族の関係も険悪になっていき、最終的には精神病院に入院するほどひどい状態に陥りました。ようこさんは精神病院に入院することになったことが情けなく、夫と別れることしか考えられなくなります。しかし、離脱状態に苦しむ夫を見て、不憫さを感じ、もう一度やり直そうと心に決められました。そこから二人三脚での治療が始まります。

断酒し、いったんは平和が戻ってきたかと思われた矢先、夫の再飲酒。ようこさんは絶望し、一緒にやっていく自信を失い、子どもをおいて実家に戻られました。子どもたちは成人年齢でしたので、子どもが夫を支えます。その子どもからのSOSに自宅に戻り、荒れ果てた家を見たときに、ようこさんは「家に戻ろう」と決意をされました。夫の飲酒はまだやみませんが、飲酒をやめさせることはあきらめて、二人で暮らしてみえます。辛いこともありますが、ようこさんは月うさぎの仲間に支えられているとおっしゃいました。つらい運命から決して目をそらさず、むかいあっているようこさんは輝いてみえました。

最後に、心の専門家として感じたこと。猪野先生はアルコールに苦しむ当事者や家族を少しでも少なくしようと、内科で異常に気がついたときに、すみやかに精神科につなげてもらうシステムをつくることに奔走されました。三重県ではその効果があらわれて、内科で発見されて精神科を訪れるまでの時間を「7.4年」から「2.8年」へと短縮されたのだそうです。素晴らしい!!
臨床家は患者一人ひとりとむかいあうだけでなく、地域で必要な行動をとっていくこともまた仕事なのだと、改めて学ばされました。